のどかな田舎の物々交換経済

最近Webの話と離れがちで恐縮だが。

「ワーキングプア」という言葉が最近ホットだ。コトの発端は7月にNHKスペシャルで放送されたワーキングプア ~働いても働いても豊かになれない~という番組である。 この番組をめぐってはネット上で様々な意見が表明されている。 はてなブックマーク - タグ ワーキングプアのリンクをたどるのがいいだろう。

つい先日も分裂勘違い君劇場 - ワーキングプアのNHK特集で取材された秋田県仙北町出身の友人と今日、昼飯を食いましたという記事が出ていて読んだ。

でも、統計を見ると、田舎の人たちの年収は少ないじゃないか、とつっこむと、「田舎の経済は、現金で動いてないから、そんな統計で生活の豊かさを計るな」という話。
はあ?貨幣経済には違いないだろ?というと、そうではないとのこと。
これ、筆者の知っている田舎も同じことが言えると感じた。

瀬戸内の、温暖でのどかーーーな半農半漁の村に親戚のばあさんが住んでいた。 夏休みにばあさんちに滞在していた筆者は、ある朝、野菜がてんこ盛りに入った大ざるが玄関口に置いてあるのを見かける。「ばあちゃん、なにこれ?」「たぶん、このブサイクな大根とイモは○○んとこの畑のじゃな」「で、なんで?」「おすそわけ」「ふーん」。数週間の滞在中にこうしたことが3,4回はあった気がする。

ばあさんはばあさんで畑を持っていた。とはいっても30坪か40坪くらいで、田舎的には家庭菜園がちょっと広くなった程度。 ぶっとくて曲がりくねったキュウリが鈴なりになっていた。それが本来のキュウリの姿であることは言うまでもない。都会のスーパーにおいてあるまっすぐなキュウリのほうがどうかしているのだ。 ばあさんがなにやら肥料らしき液体をまく。「それ肥料?」「うん。人糞。」 その出所まではつっこまないことにした。丸々と太ったナスがうまそうだった。

天気のいい日は海に出ていた。といっても漁ではない。浅瀬に生えている天草(寒天の材料になるアレ)を刈り取って集めるのだ。家の前の道路に並べて干す。ばあさんが電話一本すると、魚市場の人(?)が軽トラでやってきて回収していった。買い取り?と思ったらそうではない。代わりに中途半端な大きさのアジと中途半端な大きさのタコが何匹かづつ玄関に置かれる。要するに市場では売り物にならないような雑魚である。だが一人暮らしのばあさんの数日ぶんの蛋白源としては十分だったろう。

さて、ここまで、お金というものが1円も動いていない。しかし、労働とか付加価値とか報酬といった経済学的要素がまったく無いわけでもない。結果的には食えている。ノープロブレム。田舎の経済は確かにそこで循環していた。

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